歴代会長

初代会長 鼓 常良

広島県生まれ。1912年東京帝国大学独文科卒業。 第八高等学校教授、戦後は大阪市立大学教授、後に大阪電気通信大学教授をつとめた。
戦前、美学、文芸学を研究、晩年はモンテッソーリの教育学の翻訳、自らも生活教育法(モンテッソーリ教育実践の秘訣)を著作に加えた。1962年京都桂に幼児教育研究所を設立し、その付属「月見が丘子どもの家」(横浜梶山モンテッソーリスクールの前身)で敗戦後最初のモンテッソーリ教育実践を始めた。横浜梶山モンテッソーリスクールの園長川村洋子は鼓常良の長女である。  
1968年日本モンテッソーリ協会初代会長に就任する 。

第2代会長 平塚益徳

上富坂教会牧師・平塚勇之助(1873-1953)の次男として東京に生まれる[1]。聖学院中学校[1]、旧制水戸高等学校[1]を経て、東京帝国大学卒。1936年、国民精神文化研究所嘱託(- 1938年)[1]、1939年、広島高等師範学校教授(- 1944年)、1944年、九州帝国大学法文学部教授[1]、1951年同大学教育学部教授[1]。1953年、九州大学教育学部長。
1960年日本人初のユネスコ本部教育局長[1]。1963年国立教育研究所長(- 1978年)[1]。同研究所において『日本近代教育百年史』全10巻を完成させた[1]。1965年、日本比較教育学会の創設に関わり、初代会長に就任する[1]。 1962年、文学博士(九州大学)。論文の題は「旧約智恵文学に現われたイスラエルの教育・倫理思想の研究 」
 1971年日本モンテッソーリ協会会長に就任する。

第3代会長 クラウス・ルーメル神父 (P. Klaus Luhmer, S.J.)

1916年9月28日 ドイツ・ケルン(プルハイム)に生まれる。1935年3月 ドイツ国立ボン・ベートベン・ギムナジウム高等学校卒。1935年4月26日 北ドイツ管区イエズス会入会。1937年2月18日 来日 下関上陸。1945年7月1日 広島で司祭叙階。1945年8月6日 広島で原爆被爆。1950年5月~1952年8月 アメリカ・デトロイト大学MA取得。1954年7月 東京ケルン教区友好関係締結。1957年4月~1987年3月 上智大学文学部教授。1956年~1957年 東京大神学院院長。1957年~1965年 SJハウス院長。1957年~1965年 上智学院理事長。1968年7月~1978年 日本モンテッソーリ協会理事・副会長。1978年~2007年 日本モンテッソーリ協会会長・理事長。1981年9月 聖心学院理事。1987年 上智大学名誉教授。1987年~1992年 上智学院理事長。2011年3月1日 武蔵野赤十字病院にて帰天。著書『カトリック信仰を生きる』聖母の騎士社、『自由教育思想の系譜』南窓社、『モンテッソーリ教育の道』学苑社、その他多数。
教育界への貢献により勲三等旭日章綬章(1985年11月3日)。

第4代会長 前之園 幸一郎

1936年 鹿児島県に生まれる。早稲田大学教育学部を卒業後、東京大学大学院人文科学研究科修士課程を修了。その後、ローマ大学へイタリア政府奨学生として留学され、帰国後、英知大学にて博士号(宗教文化)を取得する。
東京大学教育学部助手、明星大学人文学部教授を経て、青山学院女子短期大学教授を務め、同大学の学長となる。
日本モンテッソーリ協会(学会)の理事長・会長を15年間務め、我が国におけるモンテッソーリ教育の普及と発展のために多大な貢献をした。また、研究においても、多くの論文、を発表し、日本におけるモンテッソーリ教育研究において多くの業績がある。論文には、「イタリア幼児教育史研究の一つの試み:ルネサンス期の子ども・「ピノッキオ」・モンテッソーリ教育をめぐって」など多数がある。また、書著には、「子ども達の歴史」、「マリア・モンテッソーリと現代-子ども・平和・教育」、「イタリアの記憶-文化と歴史そして人々」などがある。
現在は、日本モンテッソーリ協会(学会)の常任理事、東京モンテッソーリ教育研究所教師養成コース長である。